初の日産スタジアムライブ。
14時開場、17時開演。
アリーナ席なので影がなくて暑いだろうから横浜駅でダラダラ過ごし遅めに向かう。
麺場 浜虎で腹ごしらえ。
16時半ごろに新横浜駅に到着しスタジアムへ向かうが、スタジアム内広すぎて自分の席に着くまでにかなり時間がかかった。
17時ちょうどに着席。
と同時に誠果がメインステージ向かいのサブステージに登場。
会場BGMのAviciiの曲でサックスパフォーマンスを披露し、DJ誠果の独壇場。UVERworldのライブでDJタイムから始まるのは初めての経験だった。
アヴィーチーに続きボンジョビやQueen等名曲が続き途中からUVERworldの曲もアレンジして数曲かかる。
(SE、No. 1、Home微熱 39℃だったかな)
DJタイムの間、スクリーンに観客の盛り上がりが映される中、カメラに抜かれ通路に出てきてダンスする人が現れる。
あれは仕込まれた人なのだろうか…?
と考えていたら今度はセキュリティのお兄さんにカメラが寄っていく。背中が映され気付いてない様子で、他のスタッフさんにうしろ見てと声をかけられ、カメラに気づいたお兄さん。
「え?俺?」と言った感じで戸惑っているのも束の間、なんとお兄さんも音楽に合わせて踊り始めてしまった。会場が笑いと歓喜に包まれる。
いや、あれは絶対に仕込んでたなぁ。
この後も2組のダンサーが登場し、会場がかなり温まった。
DJ誠果が裏にはけ、オープニング映像が流れる。
カウントダウンが終わるとステージに6人が登場し、VICTOSPINで幕開け。
最近出たアルバムの一曲目ビタースイートだろうと思っていたので少し驚いた。さらに周りがコールアンドレスポンスがちゃんとできていてさらに驚いた(アルバムちゃんと聞きこめてないもんで)
このあとにナノ・セカンド、7th Trigger、CORE PRIDE、No. 1と続く。
10年以上前からライブに行き続けている自分としてはこの流れで気持ちが学生時代に戻り、彼らの言葉、音楽に支えられてきたことがフラッシュバックした。
UVERworldにどハマりしていた学生時代。
今の自分があるのはUVERworldのおかげと言っても過言ではない。彼らの楽曲があったからこそ部活も勉強も受験も諦めることなくやり切れた。
そしてライブにも行くということを覚え、年齢や住んでる地域も超えて学校以外の同じ趣味を持つ友達もできた。今でも関係が続いてそんな友達たちと今日日産スタジアムのステージを見れていると思うと、盛り上がる曲の定番ばかりなのに1人泣いてしまった。
TAKUYA∞
「日産スタジアムでやると決めた日からやってよかった。遠くから応援してくれている人、今日ここに来てくれている人に心から楽しめたと言えるように」
IMPACT、在るべき形、CHANCE!とピークはここだと言わんばかりの曲が続きメンバーが今日ここに賭ける思いをひしひしと感じた。
さらにシャカビーチ、GOLDと自分の青春ど真ん中ソングが続き、メンバーたちが花道を通って後ろのステージに向かっていく。
花道が近かったので直近で演奏みれたのがよかった。
車?に乗ってドラム演奏しながら移動していく真太郎はシュールだった。
後ろのステージにメンバーが揃い、なんと16年前のモノクロームを初披露。
さすがにこの曲をやるとは想像もしていなかった。
「今日ここで歌うのを最後に俺だけの曲にする」とTAKUYA∞は言っていたので今後やることはないのかもしれない、亡くなったおじいちゃんに向けて書かれた1曲。
ライブが終わってからモノクロームを披露したけどお客さんの反応が(メンバーから見て)イマイチだったというSNSの投稿を見かけたが、恐らく誰もがこの曲をやるとは想像してなかっただろうし、曲の内容からしてもグッッッときすぎてもう突っ立っているしかなかった…と言い訳させていただきたい。
続いてMassive披露から後半は新しいアルバムの曲がメインとなった。
ENCORE AGAINではfeatで参加しているBE:FIRSTからSHUNTO氏が登場。
佇まいが大人すぎて19歳には見えない衝撃。そして歌が上手すぎて。スタジアムみたいな広いステージで映える歌声だった。
TAKUYA∞
「俺は今日この日産スタジアムに泊まってスタジアム周り10kmを走った。これを聞いて誰も驚かない」というMCからPRAYING RUN。
UVERworldを知らない人からしたら理解不能だろうが、自分含め周りの人たちも違和感なくこのMCを受け入れている。
走っているのはダイエットのためではない。
いいライブをするため。かっこよくあるため。
最後はEN→THEORY→ピグマリオン→MONDE PIECEといつものライブのラストにくるメッセージ性の強い曲でライブを締めくくる。
間違いなくこれまでも、そしてこれからも
"このバンドは自分の人生でもある"
改めてそう思わせくれた「忘れたくても忘れられない1日」だった。